| '06.11.26. 砺波市に偵察機の地下工場を探すツーリング |
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開催日 平成18年11月26日(日)
〜 募 集 要 項 〜
昭和19年の地震で壊滅的な状態となった三菱の工場を
空爆の恐れの少ない田舎に疎開させる計画がもちあがり、
砺波の山腹に穴を掘りつつあるところで終戦となったようです。
この地下工場を探します。
地下工場は道端に在るわけではないので、歩きやすい履き物でご参加下さい。
また、もし地下工場入口が開口していても、内部には入りません。
あ〜こんな所に工場を造っていたんだ〜で、目的達成とします。
・・・で、当日・・・。
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午前9時に道の駅「倶利伽羅源平の郷」に集まりました。
今回の参加者は、おちさんとレポ担当のAAの2名でした。
スーパーカブが2台、久々のBSC北陸道「ちっちゃいものくらぶ」になりました。(笑)
地下工場跡へと向かう途中、砺波の街中で、迷彩塗装の車両発見!
・・・緊急見学会開催しました。
第22回砺波市冬のふれあい市が催されていて、自衛隊装備品展示のコーナーが設けられており、
ご近所の第10師団富山駐屯地から81式自走架柱橋が来ていたのでした。
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称 81式自走架柱橋
走行姿勢 全長9.67メートル 全幅2.85メートル 全高3.36メートル
諸 元 幅員3.75メートル 橋節長10.0メートル 架柱高 最大4メートル 調節幅2メートル
性 能 通過重量42トン 架設可能流速3.77メートル毎秒 最高速度 85キロメートル毎時
使用目的 第一線地域における小隙、河川等に迅速に架設し、
人員、車両等を通行させるために使用する
構成概要 通常、1運用単位6台で構成され、
60メートル(10メートル×6台)を約2時間で完成させる
用 途 74式戦車以下師団の保有する全車両を通過させる
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トラックの荷台に載っているものがそれ。
諸元にあるとおり、伸張させると10mの橋になるようです。
90式戦車が通れないので、お役御免らしいですが、
81式自走架柱橋の性能よりも、重すぎる90式戦車が問題なような気がします。
新型戦車は軽量化して、橋も渡れない電車にも乗れないデブではなく、
地球に優しい環境性能になってほしいと思います。
消防署からは、真っ赤なセローが出品されていました。
さて、雲行きが怪しいので、さっさと地下工場跡地へと向かいましょう・・・
太田工業団地から雄神大橋で庄川を渡り、県道25号線から右折して・・・・
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この辺りのようですが、
カブで林道走行しているだけでは何処だか分かりません。
カブを降りて見上げると、案内板のようなものが?
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小径を見つけて登って行くと、
林道から見えた看板は、
地下壕に立ち入る事を禁止するものでした。
この看板は、No.13開口部の前に立っています。*1)
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No.13から順に位置確認、撮影会。(笑)
こちらは、No.9の東側出入口です。*1)
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雑草に埋もれているものは、
地下工場を掘る為の削岩機に圧搾空気を送るコンプレッサー用基礎だそうです。*1)
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No.8が見当たりません。
No.7も何処なんでしょう??
傾斜面を登り下りして、汗だくになって仕舞いました。
おちさんの左手遙か下方に見えるのは、林道です。
この林道の手前に川が流れているのですが、法面に隠れています。*1)
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林道に下りて、下の方からNo.7、No.8を探しました。
No.7らしき穴を山腹に発見しました。(画像中央部の黒っぽい部分)
画像一番手前の杉の辺りを水平方向に移動して探していたので、見えなかったようです。*1)
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No.8は、それが存在すると思われる場所辺りが崖崩れを起こしていたので、
出入口は潰れて仕舞ったのかも知れません。*1)
富山県砺波市庄川町三谷地係から井波へと移動です。
その前に、阿羅町神社側からも地下工場入口を探してみましたが、分かりませんでした。
神社の裏にリスがいました。
シマリスではありません。姿からホンドリスのようでした。
参考までに、地下工場跡No.13開口の位置は
北緯36度36分18.6秒
東経137度00分26.9秒
でした。
(この付近でのeTrexの軌跡データが、かなり乱れているので、精度は悪そうです。)
ささ、お昼になり、お腹も空いてきました・・・井波に行きましょう!
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昼食は、道の駅「いなみ木彫りの里」にて、おちさんは、牡蠣フライ定食を 私AAは、山菜セイロ寿司定食(¥840)を食べました。
井波まで行って、食べるのが相応しいメニューかは疑問ですが、美味しくいただけました。
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旧呉羽紡績の井波工場の前にて。
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旧呉羽紡績の井波工場を上空から。
工場敷地の北側(画の上)が円弧状になっています。これは、加越能鉄道加越線の線路跡です。
現井波物産展示館は旧井波駅舎です。
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クレラップの株式会社クレハは呉羽紡績より分離・独立した会社です。
呉羽紡績の方は、その後、東洋紡に吸収されて仕舞いました。
現在の東洋紡績株式会社井波工場は、その呉羽紡績の井波工場で、
竣工は昭和7年とのことです。
ここで、昭和20年に百式司令部偵察機が組立られていました。
「Ki-46
"Dinah"」
連合軍は「ダイナ」と呼んでいたようです。
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どうも「ダイナ」と言うより「ディナ」のようです。
創世記に登場する、「ヤコブ」の娘さんです。
「ディナ」が虐められたので、兄貴達が仕返しして
悲惨な事になったとか言う話のようです。
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そんな時代を経験した工場は、
今では考えられないような上品な雰囲気を醸し出す意匠に仕上げられています。
(東洋紡さん、これからも大切に維持保存して下さいね。)
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JR福野駅南側に残る、加越能鉄道加越線の線路(跨線橋)跡。
今は、自転車道として利用されている。
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JR城端線の福野駅
駅前広場は整備され、明るく綺麗。後ろに川田工業の巨大な工場が見える。
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AAの走行記録
(黄色で表された道路を走行しました)
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今回の「砺波市に偵察機の地下工場を探すツーリング」、
最後の訪問地は「JR福野駅」。
屋根の稜線が波打っていたので、それなりに古い建物だと分かりましたが、
帰宅してから調べてみると、明治30年の築造でした。
明治30年と言うと、日本で「丸釘」の生産が始まった年で、
本格的に釘の生産が行われるのが明治41年以降です。
また、大正2年には国内の釘生産者保護の為に関税を引き上げています。
私が扱った明治時代の建物で「丸釘」を使っていたものは無いので、
この福野駅もきっと四角い断面の釘が使われているものと思われます。
築50年で終戦を迎えた福野駅も東洋紡井波工場と同じく
日本の激動の時代を見てきたのですね。
雨天即中止とか言いながら、小雨決行して仕舞いましたが、
散策中は雨に降られることもなく、楽しめました。
(このレポートはAAが担当いたしました。)
*1)地下壕のNoは、松本文雄著「軍司令部偵察機と富山」を参考にさせていただいております。
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